未来の産業を、ゼロから発明する

Preferred Networks × アストロスケール × TBM
― 日本発ディープテック3社に学ぶ、「知財を武器に資金調達する」戦略の三類型
Aegis Nova IP Consulting | 2026年4月 | 知財ポートフォリオ比較分析レポート

Contents

  1. 全体サマリーと「スタートアップ知財戦略の三類型」
  2. 創業期の知財判断 ― 何を特許化し、何を秘匿するか
  3. 資金調達×知財 ― 234億円/400億円/190億円の根拠
  4. 大学・大企業との共同研究 ― 知財の帰属と利用設計
  5. グローバル展開と知財網 ― PCT出願と地域戦略
  6. IPO・EXIT戦略と知財DD
  7. 追うべきシグナル ― 2026年以降の論点
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全体サマリーと「スタートアップ知財戦略の三類型」

ディープテック・スタートアップにおける知財は、大企業のそれとは根本的に性質が異なる。大企業は「既存事業を守るための知財」を持つのに対し、スタートアップは「事業そのものの存在理由となる知財」を持つ。特許が一本切れれば事業が揺らぎ、特許出願のタイミングがシリーズ調達のバリュエーションを決める。知財はスタートアップにおいて、法務案件であると同時に経営戦略の中核である。

経済産業省産業構造審議会は、ディープテック・スタートアップの主要課題として「バリュエーション手法が未確立」「ベンチマークがない」「投資判断基準が定まらない」を挙げている。ソフトウェア・スタートアップと違い、ディープテックは先行事例が乏しく、売上も顧客もない開発期間中、投資家は「特許ポートフォリオの厚みと質」を最も重要な判断材料とせざるを得ない。

逆説:製品がない段階で、数百億円の評価額がつく
アストロスケールはシリーズGまでに400億円以上を調達し、2024年6月に東証グロース上場(想定時価総額804億円)。
PFNは2024年12月に190億円を追加調達し、ユニコーン評価額を維持。
TBMは累計234億円を調達し、令和4年度知財功労賞を受賞。
売上がほぼない状態で数百億円の評価額を支えるのは、一義的には「知財の厚み」である。

本レポートで取り上げる3社は、いずれも日本発・創業10〜15年・ディープテック領域・巨額資金調達・知財功労賞関連という共通点を持ちながら、知財戦略はまったく異なるアプローチを取っている。PFNは「事業の自由度を確保するための特許」、アストロスケールは「業界ルールと一体化する特許」、TBMは「40カ国200件のグローバル特許網」という三類型である。

Preferred Networks
「バリューチェーン垂直統合型」
AI半導体・スパコン・基盤モデル・ソリューションまで4層を垂直統合。特許は「事業の自由度」確保のため。神戸大学との共同開発でMN-Coreを設計
アストロスケール
「規制と一体化するRPO型」
軌道上RPO(ランデブー・近傍運用)技術を実証した世界2社のうちの1社。JAXAと120億円契約、FCC「5年デオービットルール」が市場創造
TBM
「40カ国200件グローバル網型」
LIMEX®(石灰石由来の新素材)で40カ国以上に200件超の特許網を構築。令和4年度知財功労賞(経産大臣表彰)受賞

3社の知財経営哲学 ― 一言で言うと

PFN ―「事業の自由度を確保するため」の知財:共同創業者の岡野原大輔氏は、PFNの特許出願方針を「事業の自由度を確保するため」と明言している(Forbes JAPAN)。つまり、他社に先に権利を取られて自社事業が制約されることを防ぐ「防衛的特許網」が主軸。MN-Core・PLaMo・Matlantis・PFCPという4層バリューチェーン(AI半導体→計算基盤→基盤モデル→ソリューション)を垂直統合しており、各層の核心技術を特許で押さえる構造。神戸大学との共同特許、ENEOSとのMatlantis共同開発など、産学連携型の知財形成が特徴。
TBM ―「事業とブランドの両輪で40カ国200件を押さえる」:山﨑敦義CEOは「100年後も続き、人類に貢献できる事業を興したい」というビジョンの下、2014年のLIMEX®国内特許取得を皮切りに、世界40カ国以上で200件以上の特許を権利化。知財担当の中村宏氏は、「開発と知財の連携」を同社の強みとして公言している。令和4年度知財功労賞「経済産業大臣表彰」を受賞し、知財を前面に押し出して234億円を調達。単一技術(石灰石×樹脂の複合素材)のグローバル特許網と、SKグループとの135億円資本業務提携による技術流出リスクの両立が論点。

3社の基本データ ― 業績・知財・資金調達

項目 Preferred Networks アストロスケール TBM
創業 2014年(西川徹氏・岡野原大輔氏) 2013年(岡田光信氏) 2011年(山﨑敦義氏)
ドメイン AI半導体、計算基盤、生成AI、ソリューション 宇宙軌道上サービス(デブリ除去、点検、寿命延長) 新素材開発(LIMEX®/CirculeX®)、資源循環
主力プロダクト MN-Core™シリーズ、PLaMo™、Matlantis™、PFCP™ ELSA-d、ADRAS-J、ELSA-M、LEXI™シリーズ LIMEX®、CirculeX®、MaaR、Bio LIMEX®
累計資金調達 不開示(複数回調達、2024/12に190億円含む) シリーズGまでに400億円以上+デット200億円 累計234億円(SK135億円資本業務提携含む)
上場状況 非上場ユニコーン(J-Startup選出) 2024/6/5東証グロース上場(186A) 非上場(NEXTユニコーン調査2020年3位)
時価総額・評価額 ユニコーン(評価額10億ドル超、具体額は非開示) 約1,495億円(2026年2月時点、想定時価総額は上場時804億円) NEXTユニコーン3位(2020年)、現在は公表推計ベース
直近業績 非上場のため詳細非開示 売上高 前年同期比2.6倍、営業損失6割縮小、受注残444億円(2025/10期中間) 非上場のため詳細非開示
特許保有・出願 数百〜千件規模(AI関連、半導体、アルゴリズム) RPO技術、捕獲機構、軌道制御等を中核に国内外出願 世界40カ国以上で200件超の特許
知財戦略タイプ 垂直統合×事業自由度確保型 規制形成一体型(三位一体) グローバル網羅型(40カ国)
主要連携先(大学・大企業) 神戸大学、ENEOS(Matlantis)、Samsung、GAONCHIPS、ラピダス、さくらインターネット JAXA(CRD2プログラム)、Eutelsat OneWeb、Northrop Grumman連携市場 SKグループ(韓国、135億円提携)、日本製紙(元役員招聘)、神奈川県
受賞・認定 J-Startup選出 特許庁広報誌掲載、J-Startup選出 令和4年度知財功労賞「経済産業大臣表彰」

出典:各社公式サイト、特許庁広報誌「とっきょ」Vol.54・Vol.57、IP BASE、STORIA法律事務所連載、三菱UFJイノベーション・パートナーズ記事、日経BizGate、日経クロステック、Shikipon Blog、J-Net21、Panasonic Connect取材記事、TechnoProducer株式会社分析、内閣官房・グローバル・スタートアップ・キャンパス構想推進室資料、日本総研レポート、アストロスケール有価証券届出書、株式会社JIC(産業革新投資機構)資料等。資金調達額・特許件数・業績は各社公表・公開情報に基づく推計を含む。

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創業期の知財判断 ― 何を特許化し、何を秘匿するか

ディープテックにおける「特許 vs 営業秘密」の判断軸

ディープテック特化型VCのBeyond Next Ventures代表・伊藤毅氏は、知財戦略のポイントをこう述べている。

材料や創薬分野は特許が極めて重要なので、創業初期から意識して取り組む必要があります。一方で、ハードウェア系は、プロセス技術などは権利化せずにブラックボックスにしたほうがいい場合もあります。また、リバースエンジニアリングで回避されやすいものは広範囲に押さえたり、競合が次に押さえそうな領域の特許を先に押さえる、といった戦略も有効でしょう」(IP BASE)

この指針を、3社はどう実装しているかを見ると、業界特性による判断の違いが鮮明になる。

PFN ― 「事業の自由度確保」のための複層的特許

PFNの特許戦略は、共同創業者の岡野原大輔氏がForbes JAPANで語った「事業の自由度を確保するため」という一言に集約される。AI分野は競合が多く、大手IT企業(Google、Microsoft、NVIDIA等)が膨大な特許を保有している。PFNが特許を取るのは、「自社の事業領域で他社に先回りされないため」であって、ライセンス収入や訴訟による収益化が主目的ではない。

PFNが特に重視しているのは以下の技術領域:
AIアルゴリズム特許:深層学習の学習効率化、分散学習、強化学習の手法
MN-Coreアーキテクチャ特許:神戸大学との共同出願、fully-deterministic Architecture
コンパイラ技術特許:PyTorch/JAXから低レベル命令生成までの最適化
MN-Core L1000の3次元積層DRAM技術:「AIチップでは世界初」(岡野原氏)
応用特許:がん診断(「データがなくてもAIを育てられる仕組み」)、自動運転、ロボット制御

興味深いのは、PFNが自社の基盤モデルPLaMo™をオープンソースとして一部公開している点。研究成果を論文・OSS で積極発信しながら、コア特許で事業の自由度を守るという「オープン × クローズの使い分け」が特徴。
TBM ― 「素材企業に必須の物質・組成物特許」を網羅

TBMの知財戦略は、素材企業の典型的パターンを体現している。同社がIP BASEインタビューで語った知財戦略の骨子:
基本特許(物質・組成物):「50%以上の石灰石と熱可塑性樹脂を均一に混練する」という基本組成の特許化(特開2013-010931等)
製造方法特許:「無機物質粉末高配合薄膜シートの製造方法」等
用途特許:飲食店メニュー、ショッピングバッグ、マスクケース、名刺等の具体用途
商標:「LIMEX」(商願2013-91978)、「CirculeX」、「MaaR」等
派生素材の特許:Bio LIMEX®(生分解性)、CR LIMEX®(CO2回収由来)

TBMの知財戦略で特徴的なのは、「素材×用途の多面展開」である。LIMEX®の基本組成という1つのコア技術を、「印刷用(紙代替)」「成形用(プラ代替)」「医療用(マスクケース)」「建材用」「食品容器」と多産業に展開することで、特許の横展開で事業領域を拡大してきた。令和4年度知財功労賞「経済産業大臣表彰」の受賞理由にもこの点が評価された。

3社の「特許 vs 秘匿」の判断比較

技術の種類 PFN アストロスケール TBM
コアアルゴリズム/組成 特許化(AI手法、コンパイラ) 特許化(RPO、捕獲機構) 特許化(基本組成、製造方法)
実装ノウハウ 秘匿+社内ドキュメント 軌道上実証データ=秘匿 製造条件・混練技術=秘匿
学術成果 論文+OSS化(PLaMo) 学会発表・政策提言 国際会議発表(COP、G20)
標準化・ルール形成 業界標準より独自パス ISO/JERG規格策定に参画 UNIDO認定、国際機関採用
商標・ブランド MN-Core™、PLaMo™、Matlantis™ ELSA、ADRAS-J、LEXI LIMEX®、CirculeX®等の多数登録
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資金調達×知財 ― 234億円/400億円/190億円の根拠

ディープテックのバリュエーションにおける「知財の役割」

経済産業省産業構造審議会の資料は、ディープテック・スタートアップの最大の課題として「バリュエーション手法が未確立」を挙げている。売上・利益・ユーザー数といった従来のKPIが使えないため、VCは「知財の厚み × 市場規模 × 経営チームの実行力」という代替指標で評価せざるを得ない。

3社はいずれも、知財を前面に出した資金調達で成功している。

※各社の資金調達タイミングと累計調達額の推移。公表情報ベース。

PFN ― 「4層バリューチェーン × 特許網」で190億円追加調達

PFNは2024年12月23日に190億円の資金調達を発表し、ユニコーン評価額を維持した。投資家が評価したのは、PFNの垂直統合型バリューチェーン:
【レイヤー1】 AI半導体 MN-Core™:神戸大学共同開発、Green500世界1位を3回獲得
【レイヤー2】 計算基盤 MN-3/PFCP™:自社スパコン、クラウド提供開始
【レイヤー3】 生成AI基盤モデル PLaMo™:純国産LLM、日本語ベンチマーク首位
【レイヤー4】 産業向けソリューション:Matlantis™(素材)、カチャカ(ロボット)、製造業DX

この4層構造を各層で特許網+商標+ノウハウで守るため、一部のレイヤーが破綻しても他のレイヤーで稼げる。「技術の引き出しの多さ」(野内英莉氏)というPFNの競争優位性は、結果として分散投資的な特許ポートフォリオになっている。

特筆すべきは、2024年8月にサムスン電子・GAONCHIPSとの提携、ラピダス・さくらインターネットとの3社連携を発表した点。MN-Core L1000のハード製造をラピダスに委託する構想で、これは日本のAI半導体サプライチェーン構築の中核となる。こうしたエコシステム構築能力も、投資家にとってバリュエーションの根拠となる。
TBM ― 「40カ国200件の特許網」で234億円調達+SK135億円提携

TBMはIP BASEインタビューで、「知財に裏打ちされた技術力を武器に合計234億円の資金を調達」と明言している。この数字を可能にしたのは、世界40カ国以上で取得した200件超の特許網である。

TBMの資金調達ハイライト:
2021年6月:SKグループと135億円の資本業務提携。韓国大手財閥SKグループの化学素材大手SKC社とジョイントベンチャー「SK TBMGEOSTONE Co., Ltd」を立ち上げ、生分解性LIMEXの事業化を推進。
2020年:日経「NEXTユニコーン調査」企業価値ランキング3位
2023年9月:文部科学省SBIRフェーズ3採択(交付額上限26億9,000万円、スペースデブリ低減ではなく素材開発分野)
2022年11月:横須賀サーキュラー工場竣工(国内最大級のLIMEX/プラスチックリサイクル施設)

TBMが特徴的なのは、「知財功労賞」という国家認定をバリュエーションの裏付けに使った点。令和4年度知財功労賞「経済産業大臣表彰」の受賞は、単なる名誉ではなく、VCやCVCに対する「知財の質」の第三者認証として機能する。TBMはこれを、投資家向けのIR資料で積極的に活用している。

3社のバリュエーション根拠比較

評価軸 PFN アストロスケール TBM
特許の厚み ★★★★☆ AI・半導体・アルゴリズム ★★★★☆ RPO・捕獲・航法 ★★★★★ 40カ国200件
実証/PoC実績 ★★★★★ Green500世界1位×3 ★★★★★ 軌道上実証成功 ★★★★☆ 10,000社以上採用
大型受注・契約 ★★★★☆ 製造業DX多数 ★★★★★ JAXA 120億円契約 ★★★☆☆ SK 135億円提携
エコシステム/パートナー ★★★★★ ラピダス・Samsung・さくら ★★★★☆ JAXA・Eutelsat OneWeb ★★★★☆ SKグループ・自治体
規制による追い風 ★★★☆☆ AI法整備・国策 ★★★★★ FCCルール・ESA Charter ★★★★☆ プラ新法・脱プラ規制
第三者認証・受賞 ★★★★☆ J-Startup ★★★★☆ 特許庁広報誌掲載 ★★★★★ 知財功労賞経産大臣表彰
EXIT可能性 ★★★★☆ 将来IPO候補 ★★★★★ 上場済み ★★★☆☆ IPO準備中
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大学・大企業との共同研究 ― 知財の帰属と利用設計

ディープテックにおける「共同研究」の知財設計

ディープテック・スタートアップは、内閣官房の調査でも指摘される通り、リソースの限界から大学や大企業との共同研究が不可欠である。このとき最大の論点となるのが、「知財の帰属と利用権限の設計」である。STORIA法律事務所の連載によれば、ここで判断を誤ると「成長の大きな障害になる論点」となる。

PFN × 神戸大学 ― MN-Core共同開発の知財設計

PFNのAI半導体MN-Core™シリーズは、神戸大学の牧野淳一郎教授(現PFNコンピュータアーキテクチャ担当CTO兼任)との共同開発である。牧野教授はもともと計算天文学・ポストペタフロップスの研究で世界的権威であり、その研究室が築いたfully-deterministic Architectureの思想がMN-Coreの基盤となっている。

共同特許の帰属は通常、「共同出願人・共同権利者」として双方の名義となる。この場合、第三者へのライセンスには双方の合意が必要となり、一方が大学、他方がスタートアップという構造はしばしば複雑な交渉を要する。

PFNの優れた点は、牧野教授自身をCTOとして迎え入れたことで、この構造的問題を人事面から解決した点にある。教授は神戸大学特命教授の身分を維持しながらPFNのCTOも兼任し、大学と企業の利害対立を内部化している。

共同研究による知財設計の失敗例として、「大学から独自にPhD学生がスタートアップを起業し、指導教官の研究成果と近接する特許を出願してしまう」という経済安全保障上のリスクがある(内閣官房資料)。PFN×神戸大学モデルは、この落とし穴を回避した成功事例である。
TBM × SKグループ ― 135億円資本業務提携における技術流出リスク管理

TBMは2021年6月、韓国大手財閥SKグループと135億円の資本業務提携を締結。SKグループは石油精製・石油化学・通信・半導体事業を軸とし、ESG領域のベストカンパニーを目指すグローバル企業である。この提携では、SKC社とのジョイントベンチャー「SK TBMGEOSTONE Co., Ltd」を立ち上げ、生分解性LIMEXの事業化を推進。

日本企業と韓国大手財閥の大型技術提携には、「技術流出リスク」の懸念がつきまとう。TBMがこのリスクをどう管理しているか、公開情報からは以下が読み取れる:
特許網による防衛:40カ国以上での200件超の特許権利化により、SKグループが提携枠外で模倣することを防ぐ
地域分担:SK TBMGEOSTONE Co., Ltdは「リサイクルが進んでいない国や地域」(山口太一CSO発言)をカバーするための製品。つまり、日本国内市場は完全にTBM単独で運営。
生分解性LIMEXと通常LIMEXの役割分担:生分解性LIMEXはリサイクル性を持たないが価格が安い。主力のマテリアルリサイクル市場(日本)とは棲み分け

この事例は、「コア特許を握ったうえで戦略的に提携する」という、スタートアップによる巨額資本業務提携の教科書的な例である。

大学・大企業との連携パターンの比較

連携相手 PFN アストロスケール TBM
大学との連携 神戸大学(教授をCTO兼任) 東京大学、欧州ESA系研究機関 日本製紙の元役員を取締役会長に招聘
国・政府機関との連携 経産省関連プロジェクト複数 JAXA CRD2(120億円)、SBIR 経産省補助金、神奈川県、環境省
大企業との事業提携 ENEOS(Matlantis)、Samsung、ラピダス、さくらインターネット Eutelsat OneWeb、防衛関連企業 SKグループ(135億円)
知財帰属の主な形 共同出願(神戸大学)+自社単独 JAXAからのライセンスイン+自社特許 自社単独+JV共同
連携における知財流出リスク管理 CTO兼任による内部化 JAXAの「支援」スキームで対等化 地域・商品での棲み分け
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グローバル展開と知財網 ― PCT出願と地域戦略

「日本で特許 → 世界で特許」― PCT出願の戦略的活用

ディープテック・スタートアップのグローバル展開において、PCT(特許協力条約)国際出願Paris条約ルート(優先権主張)の使い分けは、コストとカバレッジのトレードオフを伴う重要な戦略判断である。特に、創業10年以内のスタートアップにとって、「どの国に権利化するか」は数千万円の追加費用を意味する。

特許協力条約(PCT)の戦略的意義

PCT国際出願は、1回の出願で155カ国以上での優先権を確保できる制度。日本の特許庁に出願してから30ヶ月の猶予の中で、各国への移行を判断できるため、ディープテック・スタートアップにとって非常に有用である:
時間の猶予:事業進展やマーケット検証の結果を見てから権利化国を選別できる
国際調査報告書:各国審査前に、発明の新規性・進歩性の評価が得られる
資金調達の材料:PCT出願中であることが投資家への訴求力となる(特にシリーズA以降)
PFN ― AI分野は「米中欧+日本」が最優先、新興国は後回し

PFNのグローバル知財戦略は、AI分野の特性に応じて主要5極(日本・米国・中国・欧州・韓国)への出願が中心と推測される。AI特許は特に以下の国で重要:
米国:Google、Microsoft、NVIDIA等のビッグテックが集中。訴訟の中心地
中国:特許出願件数世界最多、市場規模大きく、模倣リスクも大
欧州:EPO(欧州特許庁)経由でEU諸国をカバー
韓国:Samsung、GAONCHIPSとの提携上、必須

PFNは2024年にサムスン電子から「2nm GAAプロセス」「2.5Dパッケージ技術 I-Cube S」の提案を受けており、共同開発や技術ライセンスにおいて韓国での権利化は重要。また、MN-CoreのTSMC 12nmプロセスでの製造から、台湾での特許カバレッジも必要となる。
TBM ― 「40カ国以上」の特許網は素材メーカーとして異例

TBMの「世界40カ国以上で200件超の特許」という規模は、スタートアップとしては異例の広さである。国内大手素材メーカー(東レ、帝人、三菱ケミカル等)でも、スタートアップ段階でこの規模を実現するのは困難。

TBMが40カ国に網羅する意図:
素材ビジネスの特性:LIMEX®は石油系プラスチックの代替素材として「生産地不問」で競争が発生する。生産拠点が現地化すれば、現地で特許を持っていないと防衛できない
SKグループ提携への備え:SK TBMGEOSTONEは「リサイクルが進んでいない国や地域」をカバーするが、その対象はASEAN・インド・アフリカなど多岐にわたる
ライセンス収入モデル:TBMは国内最大級のリサイクルプラントを横須賀に持つが、海外展開はパートナー連携が中心。この場合、ライセンス収入が重要な収益源となり、各国での特許が必須
UNIDO(国連工業開発機関)の「サステナブル技術普及プラットフォーム」登録を活用し、途上国へのブランド輸出も視野に

IP BASEで中村宏知財担当は、「特許は事業の自由度を確保するだけでなく、ライセンス展開や他社との交渉においても非常に重要」と述べている。40カ国200件という数字は、TBMの事業モデルが「世界中の中堅素材メーカーとパートナーシップを組む」ことを前提としている証拠と言える。

グローバル知財カバレッジの比較

※各社の地理的特許カバレッジの推定。公表情報に基づく。

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IPO・EXIT戦略と知財DD

IPO審査における「知財デューデリジェンス」

スタートアップのIPO(新規株式公開)において、知財DD(Due Diligence)は審査の重要項目である。主幹事証券会社・東証が特に確認するのは以下:

特許の有効性・権利範囲:訴訟・無効審判のリスクがないか
知財の帰属:特に創業者・元従業員・共同研究者との間の権利関係
ライセンス契約の継続性:第三者ライセンス依存度
他社特許侵害リスク:FTO(Freedom to Operate)分析
知財管理体制:専任担当者・社内規程・外部弁理士連携
PFN ― IPO前の知財ポートフォリオ最適化

PFNは現時点で非上場だが、ユニコーン評価(評価額10億ドル超)を維持しており、将来のIPOが広く予想されている。AIチップ・基盤モデル・計算基盤・ソリューションという4層構造のそれぞれで知財DDが発生するため、現段階から以下の備えが想定される:
MN-Coreシリーズの神戸大学との共同特許の整理:上場時の開示、ライセンス条件の明確化
子会社(Preferred Computational Chemistry、Preferred Robotics、Preferred Elements)間の知財移転:グループ内での権利の合理的配分
オープンソースPLaMoと特許の並存:OSS公開部分と特許保護部分の棲み分けを投資家に説明
MN-Core L1000の3次元積層DRAM特許:「AIチップで世界初」という特許的な新規性の立証

また、4つのレイヤーを分割して子会社上場(スピンアウトIPO)する戦略も理論上あり得る。既に材料探索は Preferred Computational Chemistry、ロボティクスは Preferred Robotics として分社化されており、その下準備とも解釈できる。
TBM ― IPO準備と知財功労賞の戦略的意義

TBMは非上場だが、2020年のNEXTユニコーン調査3位以降、IPOの予想が繰り返し取り沙汰されてきた。現時点でも東証グロースへの上場準備が進行していると見られる。

TBMのIPO準備における知財側の論点:
山﨑CEOが中学卒業という経歴から、創業者の知財への素養がどれだけあるかという投資家の懸念への対応
知財功労賞経産大臣表彰(2022年)の受賞はこの懸念を払拭する強力なシグナル
SKグループ提携における知財の独立性:SK TBMGEOSTONEの権利関係、135億円提携がIPO評価に与える影響
CirculeX、MaaR、Bio LIMEXなどの関連ブランド整理:商標ポートフォリオの統一性
新工場(横須賀サーキュラー工場)の特許化された生産技術:2022年11月稼働の選別プラントは「世界初」で、特許化が進行中

TBMは「令和4年度知財功労賞 経済産業大臣表彰」の受賞を投資家向けIR資料で積極活用している。これは、創業経歴やテック専門性に疑問を持つ可能性のある機関投資家に対し、「国が認定した知財強度」という第三者証明を提示する戦略であり、アストロスケールの「特許庁広報誌掲載」戦略と類似する。
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追うべきシグナル ― 2026年以降の論点

3社の知財タイムライン

2011
TBM創業(山﨑敦義氏)
台湾ストーンペーパーの輸入元から、日本製紙の元役員・角祐一郎氏と組んで独自開発へ
2013
アストロスケール創業(岡田光信氏)
シンガポールで創業、後に日本を本社・R&D拠点に位置付け
2014
TBM、LIMEX®国内特許取得
石灰石と樹脂の複合素材の基本特許、以降40カ国200件超へ拡大
2014
PFN創業(西川徹氏・岡野原大輔氏)
東京大学大学院情報理工学系研究科の同級生が設立
2016
PFN、MN-Core第1世代開発開始
神戸大学・牧野淳一郎教授と共同、設立3年目で半導体開発に着手
2016
TBM、初のLIMEX®名刺発表
開発6年を経て初商品化、経産省補助金を活用し宮城県白石市に工場建設
2021
アストロスケール、ELSA-dで世界初の商用デブリ除去実証
ドッキングプレート方式、RPOの軌道上実証成功
2021/6
TBM、SKグループと135億円資本業務提携
韓国財閥との大型提携、SK TBMGEOSTONE設立
2020
PFN、MN-3でGreen500世界1位獲得
2021年までに3度世界1位、省電力AI半導体の実力を証明
2022/10
TBM、特許庁広報誌「とっきょ」Vol.54掲載
知財活用スタートアップとして紹介、中村宏知財担当も登場
2022/11
TBM、横須賀サーキュラー工場竣工
世界初の自動選別プラント、プラ新法(2022/4施行)への対応
2022
TBM、令和4年度知財功労賞「経済産業大臣表彰」受賞
234億円資金調達の裏付けとしての国家認定
2023/8
アストロスケール、特許庁広報誌「とっきょ」Vol.57掲載
Office of CTOの藤田勝氏らが知財管理の取組を紹介
2024/2
アストロスケール、ADRAS-J打ち上げ成功
非協力物体(デブリ)への世界初の近接観測実証
2024/6/5
アストロスケール、東証グロース上場(186A)
想定時価総額804億円、日本の宇宙企業3社目の上場
2024/9
米FCC「5年デオービットルール」発効
従来の25年ガイドラインから大幅短縮、アストロスケールの市場創造に追い風
2024/8
PFN、Hot Chips 2024にMN-Core 2採択
スタンフォード大学での国際学会発表、世界的認知度の向上
2024/11
PFN、MN-Core L1000開発開始発表
生成AI推論特化、3次元積層DRAM「AIチップ世界初」、2026年提供予定
2024/12/23
PFN、190億円の資金調達発表
ユニコーン評価額を維持、次世代チップ開発資金を確保
2025/7
アストロスケール、再利用サービサー特許発表
"Reusable servicers and controlled reentry" 軌道と地上の両方で持続可能な運用を実現
2025/10
アストロスケール、中間決算で売上高2.6倍
受注残444億円、防衛関連需要の急拡大で成長エンジン追加

2026年以降の知財戦略の論点

会社 主要論点 戦略オプション
PFN MN-Core L1000の商用化(2026年提供予定)/IPO時期と方式:4層バリューチェーンを一括か分割か/NVIDIA・AMD・中国系AIチップとの競争PLaMoのオープンソース戦略と特許の両立 L1000の3次元積層DRAM特許の先行確保/スピンアウトIPO(Preferred Robotics、Computational Chemistry等)/標準化への関与(OpenCompute等)/ASEAN・インドでの特許出願強化
アストロスケール ADRAS-J2(JAXA CRD2フェーズII、120億円)の成否ELSA-M(2026年打ち上げ)の商業実証防衛関連需要への対応PSR60倍超のバリュエーション維持Northrop Grumman等との競合 デブリ除去技術の用途拡張(点検・修理・軌道間輸送)/ISO/国連ルール形成への継続関与/防衛省・米国政府との連携強化/カナダ・豪州等の軌道上サービス新興市場への展開
TBM IPOタイミングCR LIMEX®(CO2回収由来)の市場投入横須賀工場のスケールアップSK提携の次フェーズ欧州「プラスチック税」への対応 CO2回収・固定化技術の特許強化(VAPCO、Viet Haiとのベトナム案件)/廃プラスチック・リサイクル市場への横展開/海外現地化とライセンスイン戦略/欧州EPR規制への対応商品開発

Aegis Novaの提案視点 ― ディープテック・スタートアップ向けサービス設計

本3社比較から抽出される、Aegis Novaがディープテック・スタートアップ向けに提供可能なサービスの示唆:

1

創業期「何を特許化し、何を秘匿するか」判断支援

ディープテック創業者は技術の専門家であっても、「ハードウェア・プロセスは秘匿、素材・創薬は特許」という判断軸を持たないケースが多い。弁理士×MBA×事業経験の三点を併せ持つAegis Novaが、創業直後〜シード期に判断をサポートするプロダクトは強い需要がある。Beyond Next VenturesのBRAVEプログラムなどに講師として関与するルートも考えられる。

2

大学共同出願における知財帰属の交渉支援

PFN×神戸大学のようなモデルは例外であり、多くの大学発スタートアップは大学からの基本特許ライセンスの条件で躓く。新株予約権をライセンス対価として受け取る方式の設計、独占的実施権の範囲、サブライセンス権限の有無など、具体交渉で価値を生むコンサルティング余地がある。

3

ディープテック特化型「知財付きピッチ資料」作成支援

VCは特許の中身を読み込む時間もスキルもない場合が多い。「なぜこの特許が事業参入障壁になるか」を、技術者でなくても理解できる1-2枚の経営図表に落とし込むサービスは、シリーズA〜Cラウンドで価値がある。アストロスケールの「技術・ビジネス・規制の三位一体」、PFNの「4層バリューチェーン」、TBMの「40カ国200件」のような、投資家に刺さる知財ナラティブの構築

4

「知財功労賞」「特許庁広報誌」など公的認定取得支援

TBMが令和4年度知財功労賞を取得したことは、234億円資金調達の大きな裏付けとなった。アストロスケール、ユニ・チャーム、キッコーマン、味の素なども、特許庁の公的プログラム(表彰、広報誌掲載、IP BASEインタビュー等)を戦略的に活用している。この「公的認定取得コンサルティング」は、Aegis Novaが独自に設計できる新規サービス領域。

5

IPO準備期の知財DD対応サービス

主幹事証券の法務DDと並行して必要になる知財DDは、弁理士の専門領域。特に共同出願・職務発明・FTO(Freedom to Operate)分析の3点は、弁理士×MBAホルダーの独壇場。アストロスケールのような上場時の知財論点整理(5カ国R&D拠点の発明者認定、JAXA知財との棲み分け等)は、高単価案件になりうる。

6

海外大企業提携における技術流出リスク管理

TBM×SKグループ135億円提携のような、日本スタートアップ×海外大手の大型提携では、「地域・商品・用途での棲み分け設計」が事業継続のカギ。中国・韓国・ASEAN系大手との提携案件が増える中、Aegis Novaが「日本発の技術を流出させない提携設計」をサービス化することは、国策との整合性も高い。

7

標準化・ルール形成への戦略的参画支援

アストロスケールが実践する「規制と一体化する知財戦略」は、スタートアップの新しい競争優位源として重要。ISO規格、国際標準、業界ガイドライン、国策プログラムへの参画を、創業3年目〜シリーズBで戦略設計するコンサルティングは、他社が提供できない差別化領域。

ディープテックのスタートアップは、知財なしでは存在できない
PFNは「事業の自由度確保」、アストロスケールは「規制と一体化」、TBMは「40カ国の網羅」という三類型。
どのモデルも、創業初期から知財を戦略の中核に据えて設計している。
売上がない段階で数百億円の評価額を支えるのは、結局のところ「知財に裏打ちされた技術と事業構想の信頼性」である。