日本発のプラットフォーム創薬バイオスタートアップの知財戦略は、既存ケースで扱った「ディープテック(PFN・アストロ・TBM)」とも「大型製薬(第一三共・アステラス・塩野義)」とも異なる、独自の知財論空間に位置する。
興味深いことに、本レポートで扱う3社はすべて既存の大型製薬会社ケース(第一三共・アステラス・塩野義・武田等)と密接に提携している。創薬スタートアップの知財戦略は、「大手製薬との契約設計」そのものでもある。
| 項目 | ペプチドリーム | モダリス | そーせい/ネクセラ |
|---|---|---|---|
| 証券コード | 4587(東証プライム) | 4883(東証グロース) | 4565(東証プライム) |
| 創業・設立 | 2006年7月 | 2016年1月(旧エディジーン) | 1990年6月 |
| 大学との関係 | 東京大学発(菅裕明教授・後藤佑樹教授らの研究) | 東京大学発(濡木理教授の研究) | 旧ジェネンテック日本法人出身の田村真一氏が創業 |
| コア技術 | PDPS(Peptide Discovery Platform System):フレキシザイム、FITシステム、RAPIDディスプレイシステム | CRISPR-GNDM®(Guide Nucleotide-Directed Modulation):切らないCRISPR | NxStaR™/NxWave™:GPCR構造ベース創薬(SBDD)プラットフォーム |
| 経営トップ | 窪田規一会長、リード・パトリック社長 | 森田晴彦CEO(元キリンビール・ブーズアレン) | Peter Bains社長CEO(Heptares出身、2015年以降) |
| 上場 | 2013年6月(東証マザーズ)、2015年東証1部 | 2020年8月(東証マザーズ) | 1999年12月(JASDAQ)、2014年マザーズ、東証1部 |
| 主要提携先 | 18社のメガファーマ(AMGEN、AZ、Bayer、BMS、Genentech、GSK、IPSEN、Janssen、Lilly、Merck、Novartis、Sanofi、旭化成、杏林、塩野義、第一三共、田辺三菱、帝人) | アステラス、エーザイ(2社で5件の共同開発)。基本特許ライセンスは米Editas Medicine | Pfizer(最大10種GPCR提携)、Allergan、AstraZeneca、Novartis、武田薬品、Teva等 |
| パイプライン | 常時50-60本を確保 | 協業5品目+自社2品目=計7品目 | 複数領域で幅広いパイプライン(中枢神経、がん、代謝、希少疾患) |
| ビジネスモデル | アライアンス事業単一セグメント、VC依存せず黒字化 | 協業モデル+自社モデル、2019年黒字化 | Novartis向けロイヤリティが既存収益、Heptares以降はマイルストン型 |
| 特徴的なM&A | 100%子会社PDRファーマ(放射性医薬品) | 米EdiGENE Inc.(ボストン子会社) | Heptares買収(2015年2月、最大4億ドル)、Heptares Zurich AG買収(2016年) |
出典:各社公式サイト、IP BASE(特許庁)、IPO目論見書、日本証券新聞、Answers News、東京大学「Entrepreneurs」、Toyo Keizai、日経新聞、Bio Nikkei、バイオステーション、JBpress、Strainer、Wikipedia、AstraZeneca公式発表、小野薬品公式発表、chemical blog(化学業界の話題)、PR TIMES等。モダリスは2020年8月東証マザーズ(現グロース)上場。そーせいは2024年4月1日にネクセラファーマ株式会社へ商号変更。売上・パイプライン・提携先等は各社公表情報に基づく。
創薬バイオスタートアップは、大学発研究 → 技術プラットフォーム化 → メガファーマとのアライアンス → 新薬創出 → 上市・収益化という長大なプロセスを経る。その全段階で知財戦略が決定的重要性を持つ:
※一般的なプラットフォーム創薬スタートアップの収益の流れ(例示的モデル)。各フェーズでキャッシュフローが発生する仕組み。
ペプチドリーム株式会社は、2006年7月に東京大学発のバイオベンチャー企業として設立された。創業の基礎となったのは、東京大学大学院理学系研究科の菅裕明教授らが開発した「フレキシザイム」技術である。
「創業当時から、3つのコア特許を中心に、関連する複数の知財をパッケージ化した特許ポートフォリオを構築し、独自の創薬開発プラットフォームシステム(PDPS)を設計されたことなどを御紹介いただきました」
「特に、堅固な特許ポートフォリオにより、参入障壁を形成するとともに、世界的なメガファーマに対して引けを取らない交渉を行い、好条件で共同研究開発契約を結ばれているなど、知財の効果的な活用方法は、創造的で示唆に富むものです」(特許庁HP)。
ペプチドリームは日本のスタートアップ知財戦略の模範事例として、特許庁のIP BASE事例集の第10番目に収録されている。
ペプチドリームの特許ポートフォリオは、3つのコア技術特許を中心に、周辺の応用特許・改良特許・ライブラリ特許で囲む同心円状の構造を持つ。上場時の目論見書(2013年5月)で公開されたこの概念図は、創薬ベンチャーの知財戦略のテンプレートとなった。
ペプチドリームは、設立から約7年間で世界的製薬企業18社との間で創薬共同研究開発契約を締結。さらに6社に対してはPDPSの非独占的技術ライセンスを供与している(2018年6月時点、日経新聞)。
| 提携形態 | 対象企業(計18社) |
|---|---|
| 共同研究開発契約(18社) | 米AMGEN、英AstraZeneca、独Bayer、米Bristol-Myers-Squibb、米Genentech、英GlaxoSmithKline、仏IPSEN、米Janssen、米Lilly、米Merck & Co.、スイスNOVARTIS、仏Sanofi、旭化成ファーマ、杏林製薬、塩野義製薬、第一三共、田辺三菱製薬、帝人ファーマ |
| PDPS技術ライセンス(6社) | 米Bristol-Myers-Squibb、スイスNOVARTIS、米Lilly、米Genentech、塩野義製薬、米Merck & Co. |
| 2021年3月追加 | 小野薬品(PDPS自動化プラットフォーム導入、契約一時金+マイルストン+ロイヤリティ) |
「研究パーツのサプライヤーで終わらない」戦略:
「それでは研究におけるパーツのサプライヤーとして終始してしまう。これでは、同社の夢である『新しい分野における創薬開発』は実現できないと判断し、独自のビジネスモデルを模索」(IP BASE)。
結果として生み出された戦略がPDPSであり、この特許ポートフォリオによって現在では世界の名だたる製薬会社とのアライアンスを築き上げ、同社が創薬分野における「プラットフォーマー」となる形を構築している。
また、投資期間が長期におよぶ創薬事業において、創薬パイプラインを常時50~60本確保することで安定した経営を実現。これにより、ベンチャーキャピタルや研究助成金へ過度に依存することのないビジネスを展開。安定した事業基盤と売上の確保によって、大企業とのアライアンス締結時にも対等な交渉ができている。
ペプチドリームは2020年に100%子会社PDRファーマ株式会社(旧・富士フイルムRIファーマ)を買収し、放射性医薬品事業に参入。ペプチドリームとPDRファーマの技術、ノウハウ及び提携ネットワーク等を融合し、RI-PDC(ペプチド-放射性核種複合体)を含む新たな放射性医薬品の創出、海外からの有望放射性医薬品の導入等を進めている。
これは、「特殊ペプチド×放射性核種」という新しいモダリティを切り拓く戦略的買収であり、PDPSプラットフォームの応用領域を拡張する布石。
モダリス(旧エディジーン、2016年1月設立)は、東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻の濡木理教授の研究成果を基に設立された。CEOの森田晴彦氏(東大工学部卒、元キリンビール、元ブーズ・アンド・ハミルトン)は、バイオテック領域のシリアルアントレプレナーとして知られる。
「今の医薬品は、昔のように化合物が1つあれば商売ができるわけではなく、いろんな知財をパッケージにしなければビジネスができません」
「モダリスは東京大発のベンチャーで、CRISPR-Cas9に関する知財の一部も東大にありますが、それだけだと商売にならないんです」
「そこで、基本特許を持つ米エディタス・メディシンと交渉し、知財のパッケージを作ることができた。これが2つ目のブレークスルーです」
この発言は、スタートアップ創薬における「ライセンス・レイヤー組合せ」戦略の核心を端的に示している。基盤技術の特許が世界に分散している新興モダリティでは、複数のライセンス源から権利を束ね合わせることが必須。
CRISPR-Cas9の基本特許は世界の複数機関に分散しており、モダリスはこの複雑な世界地図の中で独自のポジションを確保した。
モダリスのビジネスモデルは、「協業モデル」と「自社モデル」の2系統パイプライン。協業モデルでは、パートナー企業(アステラス、エーザイ)が選定したターゲットに対し、パートナーの資金でCRISPR-GNDM技術を用いた治療薬開発を行う。
| モデル | パイプライン | 疾患領域 | パートナー | ステージ |
|---|---|---|---|---|
| 協業モデル | MDL-201 | 筋疾患 | アステラス製薬 | 前臨床試験 |
| MDL-202 | 筋疾患 | アステラス製薬 | 前臨床試験 | |
| MDL-204 | 中枢神経系 | アステラス製薬 | 研究段階 | |
| MDL-205 | 中枢神経系 | エーザイ | 探索段階 | |
| MDL-206 | 中枢神経系 | アステラス製薬 | 探索段階 | |
| 自社モデル | MDL-101 | 先天性筋ジストロフィータイプ1A | 単独 | 研究段階(サル試験) |
| MDL-102 | 中枢神経系 | 単独 | 探索段階 |
2019年以降のアステラス製薬との契約一時金およびマイルストンの合計は380億円以上(5品目の協業モデルパイプライン合計、IPO目論見書より)。
上場前に東大IPCなど複数社から41億円の資金を調達。設立4期目にして黒字化達成(2019年)。2020年8月3日に東証マザーズ(現グロース)市場に上場。
森田CEOの哲学:「(事業に)リスクはつきものですが、努力と我慢ができれば、なんとかなります。人のためになる、正しいことをやっていますし、問題の解決法を見つけてくれる仲間もいます。楽観しています」(東京大学インタビュー)。
モダリスは米国マサチューセッツ州ケンブリッジ市に100%子会社Modalis Therapeutics Inc.(旧EdiGENE Inc.)を設立し、研究開発の中核拠点としている。「ゲノム編集のメッカ」ボストンに、アメリカ・中国・インドなど多国籍の優秀な頭脳を集結。
チーフ・テクノロジー・オフィサー(CTO)には、東大医学部卒・同大学院修了後に日米で研究生活を送った山形哲也氏を森田CEOが「天才」と評して獲得。研究開発から遺伝子治療薬の承認まで10年強(通常の化合物医薬より短期間)で到達できるのが遺伝子治療薬の特徴。
そーせいグループは1990年6月に田村真一氏(元ジェネンテック日本法人社長)によって設立された、日本のバイオベンチャー草分け的存在。社名「そーせい」は、明治維新を成し遂げた長州藩第13代藩主毛利敬親の「そうせい(そうせよ)」という家臣への返答(自由に活動させる姿勢)に由来する。
2015年2月、そーせいグループは英国ケンブリッジのバイオベンチャーHeptares Therapeutics Ltd.を総額最大4億ドル(約480億円)で買収。これは日本企業による海外バイオベンチャー買収として当時最大の金額で、日本創薬業界に衝撃を与えた。
買収の背景:
・そーせいの主要収益源はNovartis向けCOPD治療薬ロイヤリティ(基本特許2026年満了予定)
・2026年のパテントクリフ後の新たな収益の柱が必要
・「パイプラインに頼るのではなく、創薬技術を買う」という戦略判断
田村真一社長(当時):「Heptares社は大手製薬企業から買収を提案されていた」(日経バイオテク)。グローバルメガファーマとの競争入札を経た、戦略的な買収案件だった。
Heptaresの基盤技術「StaR® (Stabilised Receptor) 技術」(現在はNxStaR™にブランドリニューアル)は、創薬ターゲットとして重要なGタンパク質共役受容体(GPCR)に対する革新的アプローチである。
Heptares(現ネクセラ)は、GPCR創薬の世界的リーダーとして、複数のメガファーマと戦略的提携を結んでいる:
| 提携先 | 契約内容 | 対価 |
|---|---|---|
| Pfizer(米) | 最大10種のGPCRターゲットに関する新規医薬品の戦略的提携契約 | 大型契約(契約一時金+マイルストン+ロイヤリティ) |
| AstraZeneca(英) | アデノシンA2A受容体拮抗剤HTL-1071(がん免疫治療薬)のライセンス | 契約一時金1,000万ドル+短期マイルストン+開発・商業化マイルストン5億ドル超+正味売上高の最大2桁段階的ロイヤリティ(2015年8月) |
| Allergan(米) | アルツハイマー病等の中枢神経系疾患新規治療薬の開発・販売提携(2021年1月終了) | 大型契約 |
| 武田薬品工業 | 中枢神経疾患のGPCRを対象とした共同研究(2011年4月開始) | 2年間共同研究契約 |
| Novartis(スイス) | COPD治療薬Ultibro/Seebri(既存提携) | ロイヤリティ収入(2026年基本特許満了) |
| Teva Pharmaceutical(イスラエル) | 片頭痛治療を目指した研究開発契約 | 契約条件非開示 |
| その他 | MedImmune、Cubist、MorphoSys等との提携 | 各種契約 |
2018年、Heptaresは英国ケンブリッジ市Granta Parkの最先端研究開発施設「The Steinmetz Building」(35,000平方フィート)に移転完了。GPCRを標的とした新規医薬品研究者130名以上が世界中から結集。
MRC Laboratory of Molecular Biologyなど世界最高水準の研究施設と隣接し、研究環境は世界屈指。
施設名はMichael Steinmetz氏(米Clarus Ventures創始者、Heptaresの重要投資家、2016年逝去)に因んで命名。
Peter Bains社長CEO:「2015年のHeptares社買収の際、我々はStaR®技術並びに構造ベース創薬技術を当社の成長を生み出すコアエンジンとして確立することをコミット」
そーせいグループは2024年4月1日、ネクセラファーマ株式会社(Nxera Pharma)へ商号変更。これは「そーせい」という日本語名から、グローバルブランドへの転換を意味する。
同時に、基盤技術も「NxWave™プラットフォーム」として刷新:
※各社の知財戦略要素別強度(5段階推計)。公表情報に基づく。
※横軸:プラットフォーム技術の成熟度/縦軸:商業化・メガファーマ提携の規模
| 評価軸 | ペプチドリーム | モダリス | そーせい/ネクセラ |
|---|---|---|---|
| 創業年と成熟度 | 2006年(20年) | 2016年(10年) | 1990年(35年) |
| プラットフォーム技術の独自性 | ★★★★★ PDPSの3コア | ★★★★☆ 切らないCRISPR | ★★★★★ GPCR構造解析世界トップ |
| 特許ポートフォリオの設計 | ★★★★★ 同心円型の模範 | ★★★★☆ 3層ライセンス | ★★★★☆ 買収+自社 |
| 大学TLOとの連携 | ★★★★★ 東大包括連携 | ★★★★☆ 東大独占ライセンス | ★★☆☆☆ 買収由来、大学発でない |
| メガファーマ連携数 | ★★★★★ 18社共同研究、6社技術ライセンス | ★★★☆☆ アステラス、エーザイ | ★★★★☆ Pfizer、AZ、Novartis、Teva等 |
| 収益モデルの安定性 | ★★★★★ 50-60本パイプライン、VC非依存 | ★★★☆☆ 4期目で黒字化 | ★★★★☆ Novartis既存ロイヤリティ+Heptares新規 |
| M&A・買収戦略 | ★★★☆☆ PDRファーマ買収 | ★★☆☆☆ ボストン子会社設立 | ★★★★★ Heptares 480億円買収 |
| グローバル展開 | ★★★★☆ 海外メガファーマ多数 | ★★★★☆ ボストン子会社 | ★★★★★ 英国本拠、世界展開 |
| 次世代モダリティへの拡張 | ★★★★☆ RI-PDC等放射性医薬品 | ★★★★☆ エピゲノム編集 | ★★★★☆ NxWave™プラットフォーム |
| 会社 | 主要論点 | 戦略オプション |
|---|---|---|
| ペプチドリーム | PDPS基本特許の満了対応(創業2006年から逆算、2020年代後半)/18社アライアンスからの具体的医薬品上市・ロイヤリティ本格化/PDRファーマ買収シナジーの実現/次世代モダリティ(RI-PDC、ペプチド医薬×ADC等)への展開 | PDPS改良特許の継続出願で特許期間の延命/自社パイプラインの臨床進捗とブロックバスター化/放射性医薬品領域の拡大(グローバル市場年成長率20%超)/グローバルM&Aによるプラットフォーム拡張 |
| モダリス | アステラス協業品目(MDL-201/202/204/206)の臨床進捗/自社パイプラインMDL-101のファーストインヒューマン試験/CRISPR-GNDM®の他社ライセンスアウト可能性/赤字継続と追加資金調達 | 協業モデル拡大(第3・第4のメガファーマパートナー獲得)/エピゲノム編集の他疾患領域展開/バイオシミラー参入障壁としての製法特許強化/海外ベンチャーとのM&Aでプラットフォーム強化 |
| そーせい/ネクセラ | 2026年のNovartis COPD治療薬特許満了後の収益補填/ネクセラファーマ商号変更によるグローバルブランド確立/Pfizer 10種GPCR提携からの開発品上市/中枢神経系疾患(アルツハイマー、レビー小体型認知症)での臨床成果 | NxStaR™/NxWave™プラットフォームの業界標準化/Heptares技術のさらなる外部ライセンス/中枢神経系薬のエーザイ(レケンビ)との補完関係活用/追加M&A(GPCR以外の新モダリティ拡張) |